【パリの休憩スポット】1:高級住宅地16区でまどろみのひと時を

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 パリが芸術家にとって都だったのは、まだパリが庶民的で暮らしやすかった頃の話だよと、中国人の我が友人は言った。幼い頃から英語を学び、さらに大学時代は国際系の学科に通って日本語もマスターした彼女は、今や世界中に友人がいて、彼女自身も上海を拠点にあちこち飛び回っている。だから世界各地からさまざまな情報が入ってくるのだ。
 NYにもかつてそういう時代があったんだけど、いまはどこも値上げ値上げで、アーティストが住みにくい場所になってしまった、と、彼女は続けて言った。
 コロナがようやく収束し、やっと海外に行けると思ったら、次は円安で1ユーロ157円ときたもんだ。ヨーロッパで外食でもしようものならランチで20〜25ユーロ、つまり一気に約4000円の出費。日本だったらちょっとしたコース料理が食べられてしまう。
「いたって庶民の私には大事だわ」なんてことを言いながら、それでも2023年の9月に私はパリにいた。ちょっとした用事があったのだ。その用事のために足を踏み入れたのは、あろうことかパリで最も高級と呼ばれている16区だった。ちなみにかの有名女優ブリジット・バルドーも、父親が経営者の裕福な家に生まれたらしく、出身は16区らしい。余談である。

 さて、ブーランヴィリエ駅を降り、私はいざ16区へ足を踏み入れた。地下鉄の階段を上がったばかりの時は前日にいた18区のモンマントルよりもすっきりした街並みだなぁくらいの感想くらいしか抱かなかった。けれどもエッフェル塔の撮影スポットとして人気なトロカデロ広場の方へ向かっていたら、あまりの洗練された雰囲気に目を見張ってしまった。侘び寂びの文化で育った日本人の私にとってフランスはかなりデコラティブなデザインのものが多いなぁと感じる。例えばカフェも原色と原色がぶつかり合う派手な印象のものが多いのだ。けれども16区のカフェはどれもモノトーンやダークグリーンなど色数が少なくシックである。そしてパリでは珍しく道幅がゆったりとひろい。信号を待ちながら、私は同じく青信号を待っている人々に視線を向けていた。初老のパリジャンは首に大判のストールを巻き、さらにサブレのような色のセットアップを颯爽と着こなしている。年配のマダムたちも鮮やかなピンクやラベンダー色をいとも容易く着こなし、大判のサングラスとパンプスで決めていた。秋風でたなびくコートの生地は、流れるような揺れでその質の良さを物語っている。けれどもそのどれもに気取りはなく、ただただ街と調和しているのだ。

 そんな16区を味わっている途中、私が一目で気に入ってしまったのがPalais Galliera(ガリエラ美術館)の庭園だった。公式HPのPalais Gallieraの言葉に続くのはMusée de la mode de la Ville de Paris。「la mode」、つまりファッションの美術館である。その裏手には、美しい庭園がひろがっているのだ。中央には手入れされた花壇があり、ベンチではおじいちゃんや恋びとたちが本を読んだりおしゃべりをしたりしてゆったりと過ごしている。そしてその背景には、イタリア・ルネッサンス様式で作られたガリエラ美術館の大胆で端正な半円の窓が伸びやかに佇んでいる。どれもこれもが絵になり、そして私のような旅行者をもやさしく受け入れてくれるだけの余裕を感じられる。
 後々調べてみると「Square Brignole-Galliera(ブリニョール・ガリエラ広場)」と呼ばれているらしい。

 どのベンチに座ろうか、芝生の上に寝転ぶのも気持ちがよさそうだなと、ひと通り庭園を回って見ていると、奥の方に体を横にできるラウンジチェアを発見してしまった。私はその椅子に決め、さっそく横になって体を伸ばした。視界の中には真っ青なパリの秋晴れがひろがり、さわさわと揺れる木々の音が心地よかった。
 ラウンジチェアの横の石造りの塀の向こう側では、雑誌かブランドのPRか、ファッションの撮影が行われていた。さすがパリ、ファッションの都である。そういえばもう数週間もすればファッションウィークがはじまり、世界各国からデザイナーやアパレル関係者、モデルたちがこの街に集まるのだ。骨格が美しいモデルたちは個性的なブラックのコスチュームに身を包み、そわそわと自分の出番を待っている。その様子はどこか人間くさくてかわいらしく、いつもは遠い雑誌の向こう側だと思っていた世界を少しだけ近くに感じることができた。
 このご時世だから、それ相応の出費を覚悟して訪れたパリだったけれど、お金なんてかけずともこんなにも贅沢な場所と時間を味わえることに、私は静かに感動していた。開けっ広げに伸ばした体で、パリの空気を大きく吸い込んでみる。秋風は少し冷たい。けれどすがすがしく私の気持ちを洗ってくれていた。

Square Brignole-Galliera(ブリニョール・ガリエラ広場)
所在地:Av. du Président Wilson, 75116 Paris, フランス

Palais Galliera(ガリエラ美術館)
所在地: 10 Av. Pierre 1er de Serbie, 75116 Paris, フランス
公式HP:https://www.palaisgalliera.paris.fr/

ブリニョール・ガリエラ広場の入り口は、現代美術などの展示が行われている、「パレ・ド・トーキョー」の目の前です。

Palais de Tokyo(パレ・ド・トーキョー)
所在地:13 Av. du Président Wilson, 75116 Paris, フランス
公式HP:https://palaisdetokyo.com/

 

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