【リヨン留学記】10話:OuiかNonよ

essai

 ある日のこと、語学学校で後ろに座っていたスイス人の女の子に肩を叩かれ、「ペンを貸して欲しい」と頼まれた。私はすかさず机の上にあったペンを手に取って彼女に差し出したのだが、彼女はペンと私を交互に見るばかりで、なかなかペンを受け取らない。「使ってもいいの?」と言われたので頷いたが、それでももう一度「ペンを使っても良い?」と訊いてくる。「もちろんだよ」と答えても、彼女はおずおずと不安そうにペンを手に取るのだった。これが最初の違和感だった。
 次に似たようなことがあったのが、ホームステイ先に滞在していたスペイン人の留学生と話した時だ。ある朝彼女は私に「今からバスルームを使って良い?」と訊いてきた。オディールの家にはバスルームが2つあり、私と彼女はその内の1つを共有していたのだ。私は夜にお風呂に入るタイプだし、歯磨きも洗顔もおわっていたのでなんの問題もなく、それで何度か頷いて見せた。すると彼女も少しばかり眉間に皺を寄せ、困った顔をし、そしてもう一度私に同じことを訊いた。「お風呂を使っても良い?」言葉が伝わっていないと思われたのだなと思った私は、「問題ないよ」と答えたのだが、彼女もまた腑に落ちないような顔をしていた。まぁ日本にいても私は表情が読みにくいと言われるし、言葉が伝わりにくいというハンデもあるのだから、彼女たちが不安に思うのも当たり前なのかもしれないなぁと思い、コミュニケーションの難儀さは感じたものの、気にしないことにした。
 けれどもなぜ彼女たちに困惑した顔をされたのか、理由はオディールと話していて明らかになった。
 ある日学校から帰ってくるとキッチンダイニングにオディールがいて、「Megumi、お茶を飲む?」と訊いてくれた。うれしかった私は「Merci」と答えて席についたのだが、オディールは怪訝な顔で私のことを見ている。そして今一度同じ質問。「Megumi、お茶を飲む?」。「え?ありがとう」って言ったじゃない、と、私はキョトンとした顔で彼女のことを見返した。するとオディールは、「Megumi、Oui ou non?(はい、それともいいえ?)」と私に訊いたのだ。私の頭の中に2つの出来事が思い出され、ようやく自分が置かれている状況を理解し、「Oui」と答えたのだった。「Oui、ハーブティーが飲みたいわ」と。そして「これからはOuiかNonで答えてね」と、オディールに念を押され、私みたいに島国ではなく他民族の中で生きる彼女たちのコミュニケーションの基本を理解した。「はい」か「いいえ」か、しっかり意思表示をしない限り、彼女たちは私の意向を決めるような真似はしないのだ。
 日本にいた時、「お茶を飲みますか?」とか「お菓子を食べますか?」と訊かれたら、「ありがとうございます」とか「大丈夫です」と答えていればコミュニケーションが取れていた。「ありがとう」は暗黙の内に「ご好意ありがとうございます。お茶をいただきます」の意味だし、「大丈夫です」はお茶の席の場合は「結構です」つまり「いりません」の意味、そして許可を求められた場面、例えば「ペンを使っても良い?」という時では「大丈夫だよ」は今度は肯定の意味に変化する。でも確かによくよく考えてみれば、なんて遠回しで曖昧で、言葉だけではなく表情やその時の状況、身振り手振りなどあらゆることを複合して判断しなくてはならないわかりづらいコミュニケーションなのだろう。よく本やらニュースのコメンテーターの発言やらで日本人は「空気」を読む民族だと聞いてはいたものの、実生活でこの問題に直面したのは初めてだった。

 そして後日、語学学校で各々の母国のカルチャーについて説明する場面があった。質問は「タトゥーをしている人をどう思う?」や「廃棄されそうな食材を安く販売するサービスについてどう思う?」というものなどさまざまで、これに対し生徒たちは、自分の意見も言いつつ母国のバックグラウンドを踏まえ、例えばある国ではタトゥーはファッションとしか見なされないけれど、日本の場合はJapanese mafia(ヤクザ)のイメージと結びつくから、プールとか入れなくなるよ、といった要領で答えていた。そんな授業中に、なんの話題をしている時だったのかはすっかり忘れてしまったけれど、幾人かに日本人について質問を受けた。その中のひとつが、ドイツ人の男性がした質問「日本人は質問を受けた時に、何も言わずにただお辞儀するって本当?」である。彼は咄嗟のことだったからかフランス語を忘れ英語で私に問いかけていた。使われたのは「bow」という英単語だったけれど、おそらく言いたかったのはお辞儀ではなく頷くというジャスチャーのことではないかと思われる。日本人が肯定のときに首をこくんと下げる、あの動作を指して言ったのだろう。これを聞いて、そうか、”はい” か ”いいえ” かも言わず、ジェスチャーや遠回しなお礼で意向を表現しようとするのは、そんなにも彼らにとって不思議なことなのだ、と、念を押された想いだった。
 それからというもの、私は意識して「Oui」か「Non」で答えるようになった。やはり日本の文化で育っているから、意識しないと質問を受けた時に咄嗟に返答が出てこないのある。でもここでまた新たな問題が起きた。今度は例えばレストランやカフェで「Non」と言った時、店員さんにちょっと傷ついた顔をされてしまったのである。はっきり言わないといけない文化だけれど、やはり「いいえ」を拒絶されたように感じるのは世界各国共通のようなのだ。そこでどうやってみんな「Non」を使いこなしているのか不思議に思い、観察してみることにした。とある素敵なマダムはしっかり相手の目を見て、さらに笑顔を作りながら言っていた。またオディールのお孫さんが遊びに来ていた時にやっていたのだが、「Non, merci」と言ったように、感謝の言葉を最後につける方法である。断り方もやはり日本と同様気遣いというものがあるらしいと学び、ステキに「Oui」や「Non」を言えるようになる、という新しい目標が私の中に生まれたのだった。
 

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